- 2009年6月18日 11:46
- 日本のかけら
大森 海苔のふるさと館
江戸時代、今から300年前から続いた東京都大田区大森での乾海苔づくりは、昭和37年12月にオリンピックを踏まえた都市開発(高速道路などの建設他)のため、行政の方針で、生産中止が決定し、翌年の春一斉に終了いたしました。
現在でも、JR大森駅・京急大森海岸など周辺地区には海苔屋が点在しています。
此方で紹介しました「大森 海苔のふるさと館」は、平和の森公園あります。
海苔の収穫作業は、水の冷たい真冬が最盛期となり、東北各地から農閑期の出稼ぎの人々が多く手伝いに来ていました。
収穫作業は、潮の満ち干きに左右され、また、天候の変化にも気をつかいながら、海に小舟ででて、手作業で収穫していました。浅瀬のみならず、大型船が就航できるような深みまでも網をはり、作業をしていました。天候が急変し、亡くなられた方も多かったと聞いています。
作業は、夏までに 網などの整備をします。その網を海苔の種が多く浮遊する千葉の海に張り、種付けをします。その網を回収し、秋には大森に持ち帰り、海に再度張ります。
海苔が付いた頃、海苔網と海苔網の間に小舟を浮かべ、素手で海苔を剥ぎ取り籠に摘んで行きます。籠ごと海苔を海水で洗い、ゴミを落とします。
持ち帰った海苔は、水を切り一晩起きます。午前3時頃から細かく刻まれペースト状になったものを、井戸水で再度洗いながら簾に伸ばします。
基本は天火乾しです。夕方には取り込み、10枚一組帯を掛けて終了です。
悪天候の場合は海苔乾燥小屋で、乾燥させます。
海苔は競に持ち込まれ、大森周辺の海苔問屋に競り落とされ、流通してゆきます。現在でも、大森は海苔流通網の重要な拠点となっています。
海苔は天皇家へ献上されていました。献上箱には菊の御紋が付いています。
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